白香の本棚

本棚とか言う名の小説投げる所。

貴方にまた、会える日まで。【塚蔵】

これから、どうしようか。なんてぼんやりと考えてみた。自分が決めていた最後。望む通りに迎えられて、回りからも祝福されて、幸せだった。生き甲斐だったとも言えるテニスを止めて、引退をして、することもなく自堕落な生活を送っている。ああ、そうだ。遠征途中に気に入った観光地に行ってみようか。長い旅行になるわけではない。無駄のないように荷物をキャリーバックに詰め込んで、用意をする。
搭乗手続きを済ませて飛行機に乗り込む。数多ある観光地から自分が選んだのは西洋の国。EUとかそういう同盟のようなもので国境を超えることは容易だから、と半ばめんどくさがりのような理由だった。きっと他にも選んだ理由はあるけれど、それには知らん振りをしておいた。会えればいいな、なんて思ってないから。
「おぉ、やっぱ外国は違うわぁ……」
元居た土地とはまた違う空気。異国の空気は自分を魅了していく。それを堪能しながらゆっくりと歩いていく。とりあえず、ホテルにチェックインしなくては、と目的地にゆっくりと向かっていった。
前から行きたかったベルリンやミュンヘン。今の時期はオクトーバーフェストなるものがやっているらしく、足を運んでみようかなどと呑気に考えてみた。酒に弱いわけでない。といって、強いわけでもないのだが。レンガ造りの建造物を眺めながらぶらぶらと彷徨く。何も考えずに歩けるのが久しぶりで、楽しくてしかたがなかった。そんな風に若干ぼんやりとしているのが悪かったのだろうか、軽く人にぶつかってしまった。慌てながら頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。視線を感じて、頭を上げた。通じていないのだろうか、相手が無言なのも気にかかる。ぶつかったであろう人に視線を向けて、驚きの余り言葉を失う。昔、中学生だった時に一時期ではあったが同じチームに居た彼がそこに居たのだ。
「て、手塚……クン?」
恐る恐る彼の名前を呼ぶ。変わらぬ無表情で、自分を見下ろしてくる彼は随分背が伸びたように思う。前から大人びてはいたが実際に大人になってから見るとまた違うように思えた。冷たくも優しげな瞳、きゅっと結ばれた唇。
「……白石か。こんなところで会うとは奇遇だな。」
ふ、と唇を綻ばせて自分に話し掛けてくる。
「せやね、すごい偶然。手塚クンは何しにきとるん?」
「息抜きのようなものだな。……どこか座るか。」
彼が提案してくる。確かにここで立ち話しているのも回りの迷惑なのかもしれない。いや、確実に迷惑だろう。彼の提案に頷いて、後を着いていく。
着いたのは割りと新しめのレストラン。そういえばもうそんな時間だったのか、とぼんやりと考えた。テラス席に向かい合って座る。そこまでキツくない日差しが妙に心地よく、気持ちが落ち着いていくのを感じた。長らく有っていなかった彼にあって気持ちが昂っていたのだろうか。
「白石は何をしに来たんだ?」
「ただの旅行みたいなもんやで。もう、やることもあらへんしなぁ。」
「……テニスは。」
彼が自分をじっと見て問い掛けてくる。そんなに自分のことを気にして何になるのだろうか。
「もうやめたわ。……やりたいことは成し遂げられてるしな。そういう手塚クンはどうしとるん、テニス。」
「まだ続けてはいるが……そろそろ潮時だと思っている。」
「やっぱこの時期になったら、そうなってまうよな。」
そのあとはただ他愛のない話を続けていた。時折ぼんやりと景色を眺めて、食事を口に運んで。遠くに出てまで知り合いに会うとは思っていなかったが、そんなに疲れることはなかった。
「……また、時間があったら会えないだろうか。」
驚いた。驚きすぎだと自分でも思うが、これは驚かざるを得なかった。まさか彼がそんな風に持ち掛けてくるとは思っていなかったから。いやだって、思わんやろ?などと居ない相手にうだうだと心の中で弁解を続ける。今の自分は大分間抜けな表情をしていると思う。
「ええよ。しばらくはこっちおるから、連絡してくれたらええで。」
初めの予定は撤回しよう。また会いたいなどと言われてしまえば、その期待に応えたくなってしまう。いつでも会えるように、ここに居続けても良いだろう。この土地にはまだまだ見所はあるはずだ。いざとなれば彼に案内してもらえば良いだろう。
「ありがとう。」
久し振りに会ったにも関わらず、会話は意外と弾んだ。本当に他愛のない話だったにも関わらず、途切れることが無いくらいに。それが今まで以上に楽しくて、笑顔が自然と零れた。彼も目で見て分かるくらいには頬を緩めていた。
「あ、連絡先交換しとかな」
「……あ」
大分気が緩んでいたのだろう、いくらあの時連絡を取り合っていたとはいえ、今は変わっていることをすっかり忘れていた。
「これでええ。連絡、待っとるで?」
「分かった。また取らせてもらう。」

あれから、幾日か経った。先日は普通に過ごしていてのだが、夜になって連絡が入った。内容はミュンヘンで行われているオクトーバーフェストに行かないか、ということ。一体なんなのだろうか、どうしてここまで上手く自分が行きたいところを的確に突いてくるのだろうか。
「ほんまなんなんやろなぁ……。」
ええよ、と了承の意を込めて返信する。土地勘が無い自分の為に宿泊しているホテルまで迎えにきてくれるのだと言う。優しすぎやしないだろうか。いや、慣れていない土地で迷われる方が迷惑なのか、と結論付けて。ひとつの理由を見いだしたが、それからは目を逸らした。
「ま、何も考えんと楽しもか。」
ホテルの部屋で来客を待つ。ノックをしてくれたら開けると予め告げてあるため、こうして待つだけで良いのだ。自分にしては珍しく、無駄があるのかないのかなど気にしてはいなかった。コンコン、と控えめなノックの音が聞こえる。ドアを開ければそこにいる彼。荷物を取ってくるから待っていて、と告げれば頷いて了承してくれた。荷物を手にとって部屋を出る。
「……よし、これでええ。待った?」
「それを聞いて意味はあるのか……?」
「あははっ、あらへん!」
真面目な顔で聞き返してくる彼が可笑しくて思わず笑ってしまう。ほないこか、と言って隣に並ぶ。道順は一応調べておいたが些か自信がない。
「はぐれてしもたら、ごめんな……?」
「……なら、はぐれないように手でも繋いでおくか。」
えっ手塚クン大胆!!……とは声に出さずに心のうちに秘めておく。触れ合ったところが熱く感じて、心臓がドキドキと早鐘を打つ。何気なく絡まされた指が自分のものよりも太く思えて、自分と彼の違いを感じた。そのままホテルを出て、ミュンヘンに向かう。会話も無いまま駅に向かい、電車に乗って、椅子に座る。窓に移った自分の頬が赤くて、ずっとこうだったのかと思うと恥ずかしくなってくる。はぁ、とため息を吐いて頬図えをつく。景色を眺めてぼんやりとする。
「なぁ、手塚クン。いつまで手繋いどくん?」
恥ずかしいんやけど。自分の感覚では聞こえない声で付け足す。それは聞こえていたようで、彼はそっと手を離す。
「そうか、恥ずかしいか。」
表情がほとんど同じで彼がどう思っているのか分からない。馬鹿にしているのか、悲しんでいるのか、なにも思っていないのか。少しだけ気分が沈んでしまい、またもため息を吐いた。これだけのことで一喜一憂して、俺は恋する乙女かっちゅうの。
「申し訳無いな、もう少しお前のことを考えてやれれば良かった。」
「いや、ええんよ。また人多なったらはぐれんように手、繋いでくれへん?はぐれんのだけは嫌やし……」
「分かった。その時は言ってくれるか?」
彼がする問い掛けに頷いておく。きっと言わないのだろうが、なるようになるだろう。今思えばこれがまるでデートのように思えてくる。ようやく落ち着いたのに、再度鼓動が早くなる。こんな調子で、大丈夫なのだろうか。この先のことが心配だ。
会場に着いて余りの人の多さに目を見開く。思わず多すぎやろ、と呟いてしまう。いやでも本当にこれは多すぎや。ほんまにはぐれそうやなぁ。手を少しだけ動かす。少しだけ手が触れる。そのまま勇気を出して手を繋いだ。彼はその手をしっかりと握ってきて、同じように指を絡ませてきた。
「白石、ビールは飲めるか?」
「あー、そんなに酒飲まんから分からんわ。」
「ふむ、そうか……。」
考え込みながらもずんずんと彼は会場を進んでいく。自分はただただ後ろを着いていくのみでどこにいくのかも予想できない。着いたところからは少しフルーティーな香りが漂っている。回りに目を奪われているうちに彼が注文をしてくれていた。
「ちょおまって、そんな高いん払わせられへん!」
「大丈夫だ。このグラスの預り金が高いだけだ。グラスを返したときに返してもらえる。」
預り金は1000円だ、と彼は真顔で付け足す。
「せやったらええんやけど……ってそういう問題ちゃうって‼」
一瞬ではあるが納得してしまい、苦笑を浮かべる。しかしやはり可笑しいような気がしてツッコんでしまう。それに対して疑問符を浮かべるようにきょとんとする彼。この場でだけは、このまま納得しておこう。話の内容も変えればいい。そうだ、このビールの名前でも聞いてみよう。ドイツ語読めんわ俺。
「……このビール何て言うん?」
「あぁ、このビールはヴァイツェンだ。フルーティーだから飲みやすい。」
「物知りやなぁ、流石や。」
「初めの頃に教えてもらったことでな。」
あぁ、そういやドイツって案外早いときからお酒飲めるんやっけ。なら教えてもらっていてもおかしくはない。へぇ、と頷きながら一口、口に含む。
「(あ、ほんまにフルーティーや。)」
途中で彼の分のビールを買ったりおつまみを買ったりしてテーブルへ向かう。二人で向かい合って席について、ぐだぐだと話し続ける。お酒が入って話の内容も昔へと戻っていく。そういえば、とあの時から気になっていたことを聞こうと口を開く。どうして。
「中3の時にさ、代表でイギリス行ったやん?」
「あぁ、行ったな。確か合宿所でクラック、に……」
「襲われたなぁ。んで、俺らで対応しとって……なんで、リアルテニスボールが飛んできたとき、俺を庇ってくれたん?」
あれくらいなら、きっと自分でも避けられた。気付けたであろう。なのにどうして押し退けてまで庇ってくれたのだろうか。それが疑問となって仕方がなかった。
「…………。そうだな、あの時は……お前に、怪我をしてほしくないと思っていたのだろう。だから咄嗟の判断で庇った。」
「……へ?」
「きっとその思いに繋がる元の感情に、お前は気付いているだろう?」
意味ありげな笑みを浮かべて彼が顔を近づけてくる。唇と唇が触れあうまで1cmも無いであろう距離まで近付いて。目と目が合う。視界には彼だけのようで。会場が一層騒がしくなったその瞬間、眼前には彼の瞳だけで、唇には温もりがあった。何をされたか、それに気付くまでに大層な時間を要してしまい、その間ずっと間抜け面を晒していたかと思うととても恥ずかしくなった。きっと今の自分の顔は林檎のように真っ赤だろう。
「な、なんやのっ……! 突然キスなんかしてきて……‼」
「順序が可笑しいことは分かっている。……だが、ここで言わせてくれ。お前が好きだ、白石。」
「っ‼」
ドキリ、と今までより一番強く心臓が跳ねる。好き、その言葉がとても嬉しかった。余りの嬉しさに震える自分の手を、彼の手に合わせる。
「俺も……俺も、手塚クンのこと、好き。」
今の自分は上手く笑えているだろうか。変な顔をしてはいないだろうか。そればかりが心配で、俯いてしまう。
「白石、顔を上げてくれ。お前の顔が、見たい。」
「あ……」
くい、と顎に優しく触れられて持ち上げられる。目が合って、彼の目が熱を孕んでいることが見てとれた。
「あのさ、手塚クン。俺、明日から泊まるところあらへんねんか。せやから……泊めてくれん?」
「良いぞ。また明日、迎えにいく。」
「ありがと。……あ、他のビールも飲んでみたい。」
「なら行くか、まだまだオススメはある。」
彼は片手にグラスを持って、片手を自分に差し伸べてくる。その好意に甘えて彼の手を取り、立ち上がった。手を繋ぐことが先程よりも嬉しくて、笑みが溢れる。先程から変わらない同じ繋ぎ方にも関わらず、手に温もりが感じられた。

昨日と同じようにノックの音が響く。今度は全ての荷物を纏めたキャリーバックを持って部屋を出る。自分から手を繋ぎ、指を絡ませる。彼は驚いたような表情を浮かべていたが、同じように絡ませてくれる。フロントでチェックアウトを済ませ、そのままホテルを出た。昨日とは違う道を、会話を交わしながら進んでいく。景色に目を奪われるが、手を繋いでいるからはぐれはしない。
「この景色はそんなに珍しいか。」
「……ドイツとか来たことあらへんもん、俺。めっちゃ珍しいわ」
問いに答えながらもきょろきょろと辺りを見る。大分景色が変わって、住宅街のようだった。それでも珍しいものは珍しかった。
「そろそろ着くぞ、」
「……あ、あれ?」
「そうだ。荷物を置いたら買い物に着いてきてくれないか。」
「買い物? 分かった、着いてくわ。」
その前にまず家に行くぞ、と言った彼の歩くスピードが早くなる。自分もそれに合わせようと急いで彼の隣に並ぶ。ちらり、と盗み見た表情が穏やかで、口角をあげてしまう。段々はっきりと見えてくる家。外見から分かる豪華さに言葉を失ってしまい、呆然とすることしか出来ない。
「……どうした?」
「いや、なんや、豪華やなぁ……って、思うてしもて……。」
「あぁ、俺も初めはそう思った。」
彼は返事をしながら鍵を開ける。ドアを開けてから入れ、と言わんばかりに自分を見つめてくる。お邪魔します、と一言だけ告げて足を踏み入れた。
「荷物どこ置いといたらええん?」
「あぁ、ひとまずリビングに置いておいてくれ。」
「ん、分かった。」
キャリーバッグをリビングの隅っこの方におろして、部屋を見渡した。シンプルに統一された家具に綺麗に掃除されている部屋。一見すると全く無駄がないように思えた。少しの間見ていたが、買い物に行くことを思いだし、簡単な荷物を手に取る。
「ごめんな、どこ置くか迷ってしもた」
「大丈夫だ。よし、行こう。」
「行くとこってこっから近いん?」
「大体徒歩……十分ぐらいでつくな。」
「あ、近いわ。」
そこまで混雑もしていないため、流石に手を繋いではいないが少し狭い歩道をくっつくような距離感で歩いていく。当然手が触れ合うこともある。その度に自分はドキドキしてしまうのに、彼はなんとも思っていないような表情をしていて、なんだか複雑に思えてしまう。元から顔には出にくい人だから仕方ないか、と割りきった。そろそろつく?なんて聞こうとして彼の方を向いた瞬間強く内側に引き寄せられる。そのすぐ後に強い風が吹き付けてきた。道路の方に目を向ければ、凄い勢いで走り去っていく車。微かに残るタイヤの痕がさっきまで自分が立っていたところにあってゾッとした。
「もしかして俺……轢かれてたかもしれんの……?」
「……そういうことだ。そろそろ着くが、内側に居てくれ。」
「分かった。庇ってくれてありがとうな。」
車道から離れたところに移動して再度目的地に向かって歩き始める。比較的大きめであろうスーパーに着くと早速驚かされた。大きなパックの中に沢山葡萄の実が入っているものが安く売っているのだ。
「あれ凄いなぁ、めっちゃ安いんと違う?」
「そうだな。……買っていくか。」
「ほなこれにしよ!」
見た感じ色が良いけれど安いものを手に取る。なんでも無駄はあらへん方がええ。せやろ?と問い掛けてかごの中に入れる。そうだな、と頷きつつ返事をしてくれる彼に満足して、元の位置__つまり隣に戻る。かごを持っていない方だったので腕を組もうとしてみた。自分の行動の意味を分かってくれたのか腕を組むことができた。後は必要そうなものをかごに入れていき、精算を済ませる。元来た道を自分が内側、彼が車道側で歩いて帰っていく。どこにでもありそうな日常の会話を交わしつつ。家に戻ってくれば買ったものをしまって、ようやくリラックスする。
「せや手塚クン、もうちょい寄ってくれん?」
ひらひら、と手招きして彼に近づいてもらう。カメラモードにした携帯を掲げ、二人とも写るように角度を変える。シャッターを切って写真を撮る。その撮った写真をSNSに上げてみる。ドイツで知り合いと再会したで~、なんて軽めのメッセージを付けて。瞬く間に増えていく評価のようなもの。返信もぞくぞくと訪れる。その中に一通、凄くテンションが上がっているであろう知り合いからの物があった。
「ふ、不二……クン……?テンションやばない……?」
思わずそう呟いてしまうぐらいには、上がっていることは文面から見てとれた。"手塚!!手塚じゃないか!!なんで二人が一緒に写ってるの?!そこ絶対手塚の家だよね?!?!うわあ二人の関係がきになr"途中で途切れているが聞きたいことは大体察することができた。笑いを堪えきれぬまま返信を打ち込む。覗き込んできた彼もぷるぷると体を震わせていた。時折声も聞こえるくらいだった。相当ツボだったのだろう。
「不二は……、こんなやつだったか……?」
「手塚クン……笑い堪えられてへんで……」
「しょうがないだろう……っ」
"落ち着きぃや不二クン、また教えたるから"と簡潔な返信をする。今、教えている暇はない。帰ったら会いに行って、気が済むまで話してやれば良いだけのことなのだ。

「すまんなぁ、こんなことなってもうて……。」
ベッドに寝転がって彼に告げる。体がだるくて仕方がない。熱が出ているわけでは無いのだが、風邪を引いているわけでも無いのだが、本当に怠い。起き上がることもままならず、彼をぼんやりと眺めることしかできなかった。
「疲れがどっと出たのだろう。今日は休んでおけ、俺も1日一緒にいてやる。」
「堪忍なあ、手塚クン。……お腹空いた。」
「……そうか、なら昨日買った葡萄、食べるか?」
「ん、食べる……。」
彼が冷蔵庫からパックに入った葡萄を出してくる。一粒摘まんで、皮をむく。紫色の皮から黄緑色の実が顔を出した。みずみずしく見えて、美味しそうだ。
「ほら、口を開けろ」
「へっ?!……食べさせて、くれんの?」
「あぁ、そういうことだ。」
頷きながら彼は言う。きっとこのままうだうだしていても意味はないだろう。素直に口を開け、食べさせてもらえるのを待つ。舌に実が触れると共に葡萄の味が口のなかに広がり、鼻腔にも葡萄の香りが広がる。ゆっくりとそれを咀嚼して飲み下す。おいしい、と呟けば彼がもう一つ皮を剥いて差し出してくる。これまた素直に食べさせてもらう。恥ずかしいが、二人きりだからか幾分かマシだ。たくさん人がいる場所でなくて良かった、と安堵する。随分と時間を掛けながらも満足がいくまで食べた。美味しかった、そんな感想が口から漏れた。
「ほな寝るわ、俺。手塚クンも、寝る?」
「そうだな、一緒に寝させてもらおう。」
そう言った彼は隣に潜り込んでくる。温もりが布越しに伝わってきて暖かさを感じる。体の向きを反転させ、向かい合う形になる。自分から抱き付き、瞳を閉じる。動揺した気配を感じたが、気にしない。
「せや、俺、明日には帰るわ……」
「そうか。……なら、また送る。」
「ありがとうな……」
自分で言っておきながら寂しくなる。つい最近想いが通じあったばかりなのに、もう離れなくてはならない。寝たらまた、時間は無くなってしまう。だから、起きたら濃い時間を過ごせばいい。きっと怠さは無くなっているはずだ。無くなっていることを、願いたい。そんなことを考えているうちに、深い眠りに落ちた。
日も暮れようという夕方。窓から射し込むオレンジ色の光で目が覚める。目の前の彼も既に目を覚ましていたようで、優しげな瞳で自分を見つめてきていた。起きていることには気付いているだろうに、頭を撫でてくる。それが心地よくてついつい甘えてしまう。やはり変わらず感じられる温もりが、好きで仕方がない。
「どうだ、体調は良くなったか?」
「……おん、大分ようなったわ。昨日よりもええかもしらん。」
「なら良かった。……少し、着いてきてくれないか。」
ベッドから降りて手招きをする彼。自分もゆっくりと降りて彼に着いていく。別室から繋がるバルコニーに出て、夕日が沈む様を眺める。次第に暗くなって、星が少しずつ瞬き始める。
「綺麗、やな」
「そうだな。……白石。」
「ん?」
「俺が、日本に帰ったら__」
「……っ‼ はい!」
彼がしてきた問い掛けに笑顔で頷く。余りの嬉しさにじわりと涙が滲んだ。あの時からずっと好きだった。そんな彼とずっと一緒に居ることが出来る。これまでにも幸せなことがあっても良いのだろうか。

これまた翌日、午前はまだ暇がある。だから、彼が行きたいところに連れていってもらう。そのまま空港に向かおうと考えている為、片手にキャリーケースを持つ。ごろごろと引っ張り、彼と歩く。
「……分かっていただろうが、俺が来たかったのはここだ。」
連れてこられたのは一つの店。沢山のアクセサリーがあって、指輪もあった。彼の真意が簡単に察せてくすりと笑ってしまう。入り口で大きな荷物を預けることが出来たのでキャリーバックを預けて店内を回る。キラキラと輝くアクセサリー。やはり目に留まるのは指輪。だって彼の目的はきっとこれを買うことだから。
「なぁ、手塚クン?これとかどうやろ?」
真ん中に光に反射して輝く宝石が埋め込まれており、魅力的なものだ。
「……ほう、良いものに目をつけたな。」
他のものも見てみるがやはり先程のものが一番良く見える。指のサイズを測り、店員に注文した。流石にちょっとやそっとでは出来ない。その為、次に会うときに持ってきて貰うことにした。楽しみなことがまた一つ増え、先が楽しみになる。
お昼を空港近くのレストランで取り、そろそろ搭乗時間。別れが惜しくなり、店を出てから握っている手を強く握る。先日とはまた違う理由で涙が浮かびそうになり、ごし、と空いている方の手で擦った。しばらく経てばまた会えるのに、寂しくて仕方がない。
「そんなに悲しそうな顔をするな。直に会えるだろう。」
「せやけど……寂しいやん。」
「……これを持っていてくれるか?」
「え?」
手渡されたのは彼が着けていたペンダント。その代わり、と彼が言ってから手首のブレスレットに触れた。
「これを、持っていても良いだろうか。」
「ええよ。」
「ありがとう。」
優しく手首からブレスレットを外す。それをこれまた優しく包み込み、笑んでくれる。
「しばらく会えないが、必ず帰る。」
「……待っとくわ、ずっと。」
そう小さく告げた後、ほなまたね、と自分の感覚では明るめの声で言って搭乗口へ向かう。小さく手を振る彼に、自分も手を振り返す。次に会えるまで、しばらく我慢するだけ。

飛行機の窓からまた景色を眺める。笑みを浮かべて、先を期待する。思い返すのはあの夜、バルコニーでの出来事。
「俺が、日本に帰ったら__俺と、結論してくれないか。」
「ほんま、手塚クンはズルいわぁ。」


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pixivから引っ張ってきました。
塚蔵は良いぞ。英国式の映画見て可能性を感じた。